忙しい日々を送る私たちにとって、ストレスは切っても切り離せない存在です。どちらかというと悪者として捉えられがちなストレスですが、そもそもストレスとは何か、私たちにどんな影響があるのかは、意外と知られていません。 ここからはストレスの正体について解説していきます。
ストレスと聞くと、「私たちにとって悪いもの」「できる限り排除した方がよいもの」というイメージを持つ方が多いかもしれません。実は、そうとは言い切れないのです。
心理学では、ストレスが全くない状態よりも、適度なストレス(緊張感)がある状態のほうが、集中力やパフォーマンスが高まることが知られています(ヤーキーズ・ドットソンの法則)。大事なプレゼンの前に程よい緊張感があったほうが、かえって力を発揮できた—そんな経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
問題になるのは、ストレスが「強すぎる」「長く続きすぎる」場合です。まずはストレスの正体を知るところから始めましょう。
「ストレス」という概念を最初に提唱したのは、カナダのマギル大学で研究していたH・セリエです。セリエが1936年に発表した研究が、ストレス学説の出発点となりました。
出典:https://www.nature.com/articles/138032a0
セリエは、心身にさまざまな刺激(以下、ストレッサー)が加わったときに起こる、身体の非特異的な反応をストレスと捉え、この考え方はのちに「汎適応症候群(はんてきおうしょうこうぐん)」として体系化されていきます。実際、ライフイベントごとにストレスの強さを得点化した表も知られています。そこでは、配偶者や親族との死別といった出来事が上位に並ぶ一方で、一般には良い出来事とされる結婚や妊娠、転居なども、決して低くない点数がつけられています。ここからも、良し悪しに関係なく、あらゆる変化や刺激が私たちにとってストレスになりうる、ということが言えそうです。
ストレスを感じたときに体に起こるさまざまな反応には、「自律神経」という神経系が深く関わっています。 自律神経は、ヒトを含む動物に備わっている神経系のひとつで、「交感神経」と「副交感神経」の2つから成り立っています。
このうち交感神経は、緊張や興奮を感じる場面で優位に働く神経です。たとえば、目の前にライオンが現れたところを想像してみてください。こうした身の危険を感じる状況で、私たちの体を「戦うか、逃げるか」という臨戦態勢へと切り替えてくれるのが交感神経です。もちろん、日々のストレスに立ち向かうときにも同じように働きます。
交感神経が優位になると、体には次のような変化が起こります。相手の様子をよく捉えられるように瞳孔が開き、すぐに動き出せるように血圧が上がって脈拍も速くなります。ハラハラ・ドキドキしている場面を思い浮かべると、イメージしやすいかもしれません。
このように、交感神経が働くことで、私たちはストレッサー(ストレスの原因)に立ち向かう準備を整えているのです。
ストレスを強く感じている状態は、心身にとって「常に臨戦態勢でい続けている」状態ともいえます。
では、そんな状態が長く続くと、私たちの体はどうなってしまうのでしょうか。答えは、やがて心も体も疲れきってしまう、というものです。これがいわゆるストレス過多の状態です。身体面では高血圧などを引き起こす原因となり、精神面では抑うつなどにつながってしまうこともあります。
だからこそ、ご自身のストレスの状態を正しく把握し、適切に対処していくことが大切なのです。
ストレスチェックは、2015年に労働安全衛生法に基づき事業者に実施が義務付けられた制度です。50人以上の事業所には実施が義務付けられています。また、2025年度の法改正により、今後は50人未満の事業所も実施が義務化される予定になっています。
出典:https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/index.html
ストレスチェックが実施されるようになった背景には、日本人労働者の精神疾患発症率の高さにあります。代表的なものに「うつ病」がありますが、日本人のおおよそ6-7%が一生のうちに一度は経験すると言われています。また、また、好発年齢(その疾患が起こりやすい年齢)は男女ともに40〜50代のいわゆる働き世代に多いということもわかっています。そこで厚生労働省は対策を取る必要があると考え、ストレスチェックの導入を決めました。
厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」によれば、事業者はストレスチェック制度の活用や職場環境改善などを通じて、メンタルヘルス不調の未然防止や早期発見、職場復帰支援などを円滑に実施する必要があると記載されています。つまり、事業主は従業員が精神的な不調状態にならないよう従業員のストレスの状況を把握して、職場環境の改善などに努めてくださいね、と言っているのです。これにより、労働者のメンタルヘルス不調の未然防止を図ろうとするのがストレスチェックの目的です。
一般的に、ストレスチェックの結果は、領域1~3までの項目をレーダーチャート形式で表示しています。中心から外側へ向かって、どの項目でストレスが高いのか、低いのかが視覚的に理解しやすくなっているのが特徴です。ご自身の結果を見て、どの領域や項目のストレスが高く出ているのかチェックしてみてください。
ストレスチェックは、領域1~3の3項目から構成されています。
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領域 |
測定項目 |
なにを見ている |
高くなる人の傾向 |
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領域1 |
仕事のストレス要因 |
・ストレスを引き起こしている可能性がある原因 ・仕事の質や量 ・職場環境や対人関係によるストレス ・仕事の適正度 |
長時間労働などの過重労働、 職場の人間関係でストレスを感じている方 |
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領域2 |
心身のストレス反応 |
・直近1か月の自身の状態を計測 ・活気、イライラ感、疲労感など自覚症状の有無 |
気分が滅入る、イライラするなど 寝付けない、夜間途中で起きてしまうなど睡眠に関する自覚症状のある方 |
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領域3 |
周囲のサポート |
・困難に直面した時に職場 ・家族、知人など周囲の サポートをどれだけ受けられる状態にあるか |
周囲に相談できないと感じている、 相談できる環境にないと感じている方 |
毎年のストレスチェックで「高ストレス者」という結果を受け取り、不安や戸惑いを感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。「高ストレス者」という言葉だけを見ると驚いてしまうかもしれませんが、これは決して特別なことではなく、誰にでも起こりうる状態です。大切なのは、その結果をどう受け止め、どのように対処していくかです。ここでは、「高ストレス者」とはどのような状態を指すのか、そしてどのようにケアしていけばよいのかについて解説します。
ストレスチェックを実施した結果、「高ストレス者」として通知があった方もいらっしゃるかもしれません。高ストレス者とは、①領域2(心身のストレス反応)の点数が特に高い方、または②領域2の点数が一定以上で、かつ領域1(仕事のストレス要因)と領域3(周囲のサポート)の合計点数が高い方のいずれかに該当する方を指します。文字通り「強いストレスを感じている可能性があります」という状態で、早めにストレスをケアすることが重要です。
高ストレス者と判定された方は、ご本人からの申し出により、医師による面接指導を受けることができます。職場の産業保健スタッフから案内が届いたら、それをきっかけにご自身の感じているストレスの内容や解決策を一緒に考えてみる、というのも対処法の1つです。
先ほど、ストレスを感じるとその反応として交感神経が興奮状態になる、というお話をしました。
前述のとおり、自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2つがあり、両者は互いにバランスを取りながら働いています。イメージとしては、交感神経が身体を”onの状態”に切り替えるアクセルだとすれば、副交感神経は身体を”offの状態”へと導いてくれるブレーキのような存在です。
ストレスのケアという点で重要になるのは、この副交感神経を働かせることです。副交感神経を優位にして、身体をリラックスした”offの状態”に保ってあげることが、ストレスとうまく付き合っていく鍵となります。
ストレスと上手に付き合っていくうえで土台になるのが、毎日の生活習慣です。特別なことをする必要はありません。ここでは、睡眠・運動・食事・休息という4つの切り口から、今日からすぐに取り入れられる工夫をご紹介します。どれか一つからで構わないので、無理のない範囲で始めてみましょう。
睡眠は、日中にたまった心身の疲れを回復させる、いちばんの土台です。眠りの質を高めるには、副交感神経を優位にして、身体を「休息モード」に切り替えてあげることがポイントになります。
たとえば、就寝の1〜2時間前に38〜40度程度のぬるめのお風呂に浸かると、副交感神経が優位になり、入浴で上がった深部体温が下がっていく過程で自然な眠気が訪れます(熱すぎるお湯は逆効果です)。あわせて、就寝前は照明を落として寝室を暗めに整え、快適な室温・湿度を保つこと、そして寝る前30分はスマートフォンやテレビを控えることも、質の良い眠りを後押ししてくれます。
適度な運動は、たまったストレスを発散し、気分を前向きにしてくれます。身体を動かすと、心の安定に関わるセロトニンなどの分泌が促され、気分がすっきりしたり、寝つきが良くなったりといった効果も期待できます。
おすすめは、ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動です。「1日20〜30分ほど、少し汗ばむくらい」を目安に、通勤で一駅分歩く、エレベーターを階段にするなど、生活の中に自然に取り入れると続けやすくなります。ただし、就寝直前の激しい運動は身体を覚醒させてしまうため、寝る前は軽いストレッチ程度にとどめておきましょう。
毎日の食事も、心の状態と深く関わっています。特に、1日の始まりである朝食を抜かないことが大切です。朝食は体内時計を整え、一日を活動モードで始めるスイッチの役割を果たしてくれます。
また、心を安定させるセロトニンは、「トリプトファン」というアミノ酸から作られます。トリプトファンは、大豆製品・乳製品・卵・バナナ・ナッツ類などに多く含まれているので、意識して取り入れてみましょう。一方で、カフェインやアルコールの摂りすぎは、睡眠の質を下げたり、かえって不安感を高めたりすることがあるため、量やタイミングには少し気を配りたいところです。
意外と見落としがちなのが、しっかり休むこと、そしてオンとオフを切り替えることです。忙しいと、休んでいるつもりでも頭のどこかで仕事のことを考えてしまい、心が休まっていないことも少なくありません。
一日のうちに、あえて「何もしない時間」や、趣味・好きなことに没頭する時間を意識してつくってみましょう。ゆっくりと深呼吸をするだけでも、副交感神経が働き、高ぶった気持ちが落ち着いていきます。「がんばって何かをする」のではなく、意識的に力を抜く時間を持つことが、ストレスをためこまないコツです。
多忙な毎日を送る現代人にとって、ストレスを完全に避けることは、正直なところ難しいのが現実です。だからこそ大切になるのが、ストレスを「ゼロにする」ことではなく、「うまく付き合い、溜めすぎない」という発想ではないでしょうか。
まずは、ご自身に合った対処法を見つけて実践してみることから始めてみましょう。ストレスチェックで見えてきた自分の傾向は、その第一歩を踏み出すための心強いヒントになります。
一方で、気分の落ち込みが続いたり、夜うまく眠れなかったりといったつらい症状が見られる場合は、無理をせず、早めに専門家へ相談することをおすすめします。ご自身の心と体を守るために、頼れる存在を上手に活用してくださいね。
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